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エフゲニー・キーシン2021年来日公演 in サントリーホール

11月17日、東京赤坂のサントリーホールにて行われたエフゲニー・キーシンのピアノリサイタルに行ってまいりました。

今回の日本公演は、来日35周年を迎えたキーシンの記念ツアーになっており、キーシンの生涯ただ一人の師であり、今年7月27日に逝去された名教師アンナ・パヴロヴナ・カントール先生にささげられています。

初めて私がエフゲニー・キーシンの演奏に接したのは、誕生日プレゼントに両親が贈ってくれた、キーシン12歳のときのショパンのピアノ協奏曲第1番のカセットテープでした。それ以来、今日まで変わらず、キーシンはヴラディーミル・アシュケナージとともに、私の永遠のスーパーヒーローです。念願の初来日のときには、母に連れられて昭和女子大学人見記念講堂に聴きに行きました。鮮明に覚えているのは、アンコールで拍手を浴びているキーシンと、客席から登場したカントール先生とが、舞台越しに抱擁していた光景です。クルクルふわふわ髪の15歳の神童も、今や円熟の50歳。

 

 

ご存じない方のために、キーシンについて簡単にご紹介します。

1971年モスクワ生まれ。生後11か月で姉の弾くバッハの平均律のフーガを正確に口ずさみ、2歳からピアノを学び始め、6歳でグネーシン音楽学校に入学。10歳でモーツァルトの協奏曲K.466を弾いてデビューし、またたくまに世界中に注目されるようになりました。その後も確固たる名声を築き上げ、最高の演奏家として常に第一線で輝き続けています。

 

初来日の1986年以来、日本には3年前後の間隔で訪れており(前回は2018年)、私も幾度か足を運びました。今回は10月28日の川崎公演を皮切りに、所沢、大阪、東京、名古屋、東京のいずれも大ホールでのツアーが組まれています。11月17日、東京・赤坂のサントリーホール公演は、今回の公演の千秋楽です。

 

イベントの観客数制限が解除されたサントリーホール前は、期待にあふれる人々でにぎわっていました。

 

久しぶりのこの光景に、テンションも上がります!

 

 

当日のプログラムより


 プログラム冒頭のトッカータとフーガは、多彩かつロマンティック。モーツァルトのアダージョで、ガラリと変わって古典の世界へ。キーシンによって紡ぎだされる美しい音たちが体の中にすうっと入っては満たしてくれます。モーツァルトがあまりに素晴らしく、その余韻にひたっているうちにベートーヴェンの1楽章が始まり、それもまた夢のように美しく、最終楽章の「嘆きの歌」の歌に入ると、時折キーシンの歌(声)も聞こえたような。壮麗なフーガは圧巻!喜びを取り戻したメロディは最後に高みへとのぼり、勝利のごとく感動的なフィナーレでした。

通常は、一つの作品が終わるごとに立ってご挨拶し、袖にもどりますが、何とキーシンは、一度も立たず(もちろん袖にも戻らず)三作品を弾き続けました。何とタフなんでしょう!

休憩中は、娘たちと一緒に一階のバーコーナーへ。


ロビーを照らす、美しいシャンデリア

後半はオール・ショパンです。

まずは、マズルカから7曲。先日のショパン国際ピアノコンクールでも、ともするとワルツのようになりがちで、弾くことの難しさを再認識させられたマズルカですが、キーシンのそれは、舞曲性、哀愁や誇りなどの細かいニュアンスの際立つ自然で明快な演奏。続くアンダンテ・スピアナートでは、歌曲のようなふくよかさとともに品格があり、何とも清楚に聴かせます。続くポロネーズはきりりとして正統派。この作品を真正面から捉え、奇を衒った表現などはありません。キーシンがポロネーズを弾いている、というより、ショパンが、ポロネーズが、キーシンを通して我々を勇気づけてくれているように感じました。

 

最後の音が終わるや否や、〈ブラヴォー禁止〉の会場から、感動と感謝をこめた万雷の拍手がおこりました。

スタンディングオベーションをする人も徐々に増え、会場が一つになって、いつまでも、いつまでも拍手は止まりませんでした。アンコールはいつも、キーシンのリサイタルの第3部と言ってよいほどのボリュームで、この日もバッハ(ブゾーニ編)、モーツァルトとショパンから合計4曲を弾いてくれました。

 

隣の席に座る娘は、演奏の最中に私に感激の表情や、意味ありげな視線(ほとんどの場合「私もこれ弾きたい」)を送ってよこします。娘のお友達も、「アンダンテスピアナートがメリハリと滑らかさがあって、凄かったです!」と感想を言ってくれました。

 

来られてよかった!!やっぱり、キーシンは神さまにつかわされた天使、音楽そのものだと心から感謝し、幸せに思えるひとときでした。

 

Thank you!キーシン!!

ついさっきまで感動の熱気に包まれていた、サントリーホール・大ホールのワインヤード式の客席。

音楽に愛され、進化し続けるキーシンに、いつまでも祝福がありますように……